カタログ内掲載文
(高松市美術館学芸員:牧野裕二)
「物語る物質 / Materials That
Tell Stories」(2017)

須賀悠介は木、金属、プラスチックなど実に様々な物質を使いこなし、具象的な立体作品を制作している。凄まじいエネルギーを伴って物質が壊れゆく状態が表現されることが多く、ある種痛々しい印象も受けるが、どこかユーモアも漂わせていて、両者の共存、均衡が須賀の作品を独自のものにしている。

 多彩な物質を用いた彼の作品は、作者自ら述べているように「矛盾した状態」が共通するテーマとして据えられている。例えば、矢が自らのお尻に突き刺さり二つに裂かれようとしている《Jailbreak (arrow)》。複数の丸ノコがお互いを切り裂いて進む《Intercepter(Circle saw) 》。LED でステルス戦闘機のシルエットをなぞり、本来姿を消すはずの存在が逆に煙々と光り自身の存在をアピールしてしまっている《Stealth 》。

 これらの作品は、須賀がSFや科学的知識から得た知見や気づきなどをもとに構想し、作り出されている。例えば、二つの時計が強力な引力で互いを引き寄せているようにも、一つの時計が二つに引き裂かれているようにも見える《Chronos tasi s #03》は、時計にふと目をやると秒針が一瞬止まっているように見える「クロノスタシス」という目の錯覚現象が着想源となっている。ここでは互いにつながり長く引き伸ばされた秒針は一見止まっているように見えるが、よく見るとビクビク動いている。コンセプチュアルアート的な洒脱さがあるが、一方でダリの溶ける時計を連想させるところもありシュルレアリスム的な妖しい美しさもまとった作品である。

 今回出品されている中で最大のサイズをもつ《Negative horizon (antennas to heaven)》は平面上に大小複数のクレーター状の亀裂がある作品である。一見何かを衝突させて作ったように見えるが、実際には木に作者自身の手によって彫刻を施したもので、その技量には舌を巻く。ちなみに作者は軽さを優先させるため桐の木を素材に選んだが、その質感はスポンジのようで彫り進めるのが大変だったと明かしている。なお、このクレーター状の亀裂は大友克洋の「童夢」や「AKIRA」に登場する衝繋波による破壊シーンが下敷きとなっている。さらにこの作品には東西の著名な美術作品の図像が隠されてもいる。向かって左側には幕末から明治にかけて活躍した狩野芳崖の代表作(悲母観音〉(1888年、重要文化財、そして向かって右側にはバロック期のイタリア人芸術家ベルニーニによる大理石彫刻《聖テレジアの法悦)、それぞれのイメージが亀裂によってトレースされているのである。

 この須賀の最初期の作品に現れた母子像という主題は今回新作として出品された《Mother and Child》において再び登場することとなった。母と子は粘り気のある素材で結ばれているが、これを母子の密着と見るか、隔たりと見るかは鑑賞者によって意見が分かれるところであろう。内戦による家族の分断や作者自身に子どもが生まれ、感じたことなのが作品のイメージソースとしてあるという。この母子像をはじめ、須賀の作品は不穏な空気とユーモアを漂わせながら、この世の中にひしめく不合理極まりない矛盾した事象の数々をあぶりだし、そのことについて考えるきっかけを私たちに与えてくれる。

高松市美術館学芸員 牧野裕二